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2010年3月9日火曜日

女性の日 (3月8日)


弊社スタッフたちも。




3月8日は国際女性です。


アルバニアでも男性からお花をプレゼントしてもらったりしてお祝いされています。


なかでも、ランチを、またはディナーを女性だけで出かけて、日中であろうが夜であろうがワインを飲みながら、みんなでダンスをしたりして盛り上がります。


赤ちゃんを抱えながらもダンスします。


レストランは本当に女性だらけです。



もちろん多くのレストランは予約が必要です。



比較的ウェイトレスよりウェイターの方が多いアルバニア。




飲んで踊っての女性の傍ら、男性のウェイターは大忙しです。




しかし本当に素敵な日です。


普段多くの時間を家の中で過ごす女性も、この日は外に出かけているようで、街で見かける女性の率はいつもより高く、みんなちょっとおしゃれしていて・・・



日本でも女性の日を是非とも祝いたいものですね。

2010年2月15日月曜日

ティラナの雪


(写真:NOA)
先週の土曜日の朝、首都ティラナでも雪が降りました。
山がちなアルバニアでは、北部だけでなく南部でも山岳部では大雪となり、しばしば道路が通行止めになったりしますが、首都ティラナでは、今回の雪が7年ぶり(3年ぶりと伝えている記事もありますが)に降ったようです。
ですので、聖ヴァレンタインデーの前日であったこの日、ティラナの人々はこの素敵な空からのプレゼントを喜び、その美しさを楽しんでいました。

2009年12月10日木曜日





ティラナのあちらこちらでも年末に向けて12月初めよりライトアップされました。
1枚目の写真は、街の中心地で、1930年代の初めのアフメド・ゾグ一世の統治時代に、イタリアの建築家たちにより新しくティラナの街が首都ととしてデザインされた際に建てられた省庁やティラナ市庁舎などの黄色の建物がライトアップされています。
2枚目。振り返って写真を取ると、正面入り口の上に“アルバニア”と名づけられたモザイク画が置かれている国立歴史博物館の建物(左)と、現在は民営化され改築が済んでいますが共産主義時代にも国営の15階建ての一流ホテルとして機能していた、現“ティラナ・インターナショナル・ホテル”(右手。赤いランプで縁取りされた)が見えています。
3枚目。毎年12月からこの街の中心地である国民的英雄のスカンデルベグ広場と、マザーテレサ広場の2か所に突如、遊園地が設置されます。 
後ろに見える絵が、国立歴史博物館のモザイク画です。
街のど真ん中に設置されるので、遅くまで大人も子どもも寒空の下、クリスマスと年末の雰囲気を楽しみます。

2009年11月13日金曜日

ジェームス・ベルーシ氏




ジェームス・ベルーシというアメリカの俳優をご存じでしょうか?http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B7


名前を知らない人も、顔は見たことがあるはず!!
実は彼は、アルバニア系アメリカ人です。
残念なことに、ほとんどアルバニア語は話せないそうです。

彼のお父さんが第2次大戦が始まる前の1934年に15歳の時にアメリカに移民しています。
一方、お母さんはアルバニア人2世として、アメリカで生まれています。

昨年もアルバニアでコンサートに出たり、大学で講演したりしていました。


そんな彼が、この秋から、アルバニアに3社ある携帯電話会社の一つ、“イーグル・モバイル”(トルコ系)の広告に起用されています。


日本でもお馴染みだった“ヴォーダフォン”も3社のうちの1社ですが、“ヴォーダフォン”の宣伝はいつも海外のノの引用&吹き替えなどで、しかもハイレベルの素敵CMですが、一方“イーグル・モバイル”は結構オリジナルで頑張っていて、私はこれはこれでいつも結構気に入っています。

例えば、ティラナの街のあちこちが出ているようなCMだったり。
「これはどこだ?あれはどこだ?あ、ここ知っている!」とか、しばしば釘付けになります。

そして今回ももちろん“イーグル・モバイル”はオリジナルで勝負。

このジェームズ・ベルーシ氏を起用しながら、実際にティラナのマザー・テレサ国際空港やティラナの街を映し出しています。

また作りも、結構好きです。

私自身アルバニア人でもないのに、愛郷心が湧いてきます。

YouTubeでお楽しみください。
http://www.youtube.com/watch?v=e9k6jhh09fw

2009年11月8日日曜日

英雄の街 クルーヤ




アルバニア人の国民的英雄の1人に1405年生まれの“ジェルジ・カストリオティ・スカンデルベグ”という人がいます。



名前が長く覚えていただきにくいので解説しますと、



①“ジェルジ”というのは彼個人のもともとの名前。キリスト教徒の家族の元に生まれているのキリスト教徒名です。



②“カストリオティ”は苗字。



③オスマン帝国支配下で他の多くのキリスト教徒の子ども達と同様に、強制徴用されイスラム教に改宗させられ、教育・訓練をされた時に偉大な“アレキサンダー大王”にちなみつけられた“スカンデル”と言う名前。



④“ベグ”という称号を与えられていた。







幼いころに強制徴用されイスラム式の教育を受け、オスマン帝国のベグとして軍隊を率いて1443年セルビアとの戦いに出ていましたが反旗を翻し、父親が領主を務めていたクルーヤに戻りアルバニアの領主たちをまとめ対オスマン帝国の為に戦い続けました。




彼の活躍はヨーロッパつまりキリスト教の各地で讃えられ、各地で彼の伝記が出版され、騎馬像が建てられています。







そんな町クルーヤは現在も中世の町並みを残し、羊毛織物の帽子やバッグ、絨毯、そして木工や石膏細工、銀・銅細工などが作られ、また販売されています。




小さな町ですが、戦略的にも恵まれたサリ・サルティク山の斜面の650mの所に位置し、アドリア海やアルバニアの各地まで見渡せる、中世の雰囲気の残る味わい深い町です。


城塞内にあるスカンデルベグ博物館は彼の生きた時代背景やまつわる物などの展示が充実していますし、18世紀の民家を利用した民族博物館とその名物おじいちゃんガイドも是非訪れたい所です。




マザーテレサ国際空港にも近く、ティラナからも1時間弱で来れるのでお土産選びにも観光客の方に人気の場所です。




2009年10月19日月曜日

マザーテレサの日


10月19日はマザー・テレサが2003年に当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世に列福された日です。

これを記念しまして、アルバニアではこの日を休日にしています。


*列福:カトリック教会において徳と聖性が認められ、聖人(Saint)に次ぐ福者(Beato)の地位にあげられることを言うそうです。





マザーテレサは本名ゴンジェ・ボヤジウといい、1910年8月26日に三番目の末っ子として生まれています。


*ゴンジェとはアルバニア語で蕾という意味です。





彼女は現在のマケドニア旧ユーゴスラビア共和国の首都スコピエで生まれていますが、当時のスコピエはオスマントルコ帝国領のコソボ州・ユスキュプという町でした。

洗礼を受けアグネスという名前をもらっています。




両親はアルバニア人で、父は実業家でしたがアルバニア独立運動の闘士でもあったようで、彼女8歳の時に亡くなっています。

両親はマケドニアに住むアルバニア人のカトリックであったが、当時この地方においてはアルバニア人にはイスラム教徒が多く、マケドニア地方にはマケドニア正教徒が多かったようです。

18歳で故郷のスコピエを離れて、修道女会に入り、27歳の時に終生誓願を宣立し、以後シスター・テレサとよばれることになったようです。

その後の活躍は周知の通り。




1979年にノーベル平和賞を受賞。

1991年には、優れない健康状態を押してテレサの念願であった故郷・アルバニアに最初の「神の愛の宣教者会」の支部を設立しています。

1996年にはアメリカ名誉市民(過去6人しかいないようです。)

1997年9月5日に87歳で亡くなっています。


死後たった6年後の2003年10月19日に列福されていますが、これは驚くべき早さだそうです。
彼女の場合は生前から聖女の誉れが高かったため、例外的にすぐに行われたそうです。



*お客様にしばしば「彼女は何人か」と尋ねられます。出身地が現在のマケドニアなので、お答えするのは容易ではありませんが、彼女は以下のような言葉を残しています。

By blood, I am Albanian. By citizenship, an Indian. By faith, I am a Catholic nun. As to my calling, I belong to the world. As to my heart, I belong entirely to the Heart of Jesus
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