ラベル 秋 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 秋 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2009年11月8日日曜日

英雄の街 クルーヤ




アルバニア人の国民的英雄の1人に1405年生まれの“ジェルジ・カストリオティ・スカンデルベグ”という人がいます。



名前が長く覚えていただきにくいので解説しますと、



①“ジェルジ”というのは彼個人のもともとの名前。キリスト教徒の家族の元に生まれているのキリスト教徒名です。



②“カストリオティ”は苗字。



③オスマン帝国支配下で他の多くのキリスト教徒の子ども達と同様に、強制徴用されイスラム教に改宗させられ、教育・訓練をされた時に偉大な“アレキサンダー大王”にちなみつけられた“スカンデル”と言う名前。



④“ベグ”という称号を与えられていた。







幼いころに強制徴用されイスラム式の教育を受け、オスマン帝国のベグとして軍隊を率いて1443年セルビアとの戦いに出ていましたが反旗を翻し、父親が領主を務めていたクルーヤに戻りアルバニアの領主たちをまとめ対オスマン帝国の為に戦い続けました。




彼の活躍はヨーロッパつまりキリスト教の各地で讃えられ、各地で彼の伝記が出版され、騎馬像が建てられています。







そんな町クルーヤは現在も中世の町並みを残し、羊毛織物の帽子やバッグ、絨毯、そして木工や石膏細工、銀・銅細工などが作られ、また販売されています。




小さな町ですが、戦略的にも恵まれたサリ・サルティク山の斜面の650mの所に位置し、アドリア海やアルバニアの各地まで見渡せる、中世の雰囲気の残る味わい深い町です。


城塞内にあるスカンデルベグ博物館は彼の生きた時代背景やまつわる物などの展示が充実していますし、18世紀の民家を利用した民族博物館とその名物おじいちゃんガイドも是非訪れたい所です。




マザーテレサ国際空港にも近く、ティラナからも1時間弱で来れるのでお土産選びにも観光客の方に人気の場所です。




2009年10月19日月曜日

マザーテレサの日


10月19日はマザー・テレサが2003年に当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世に列福された日です。

これを記念しまして、アルバニアではこの日を休日にしています。


*列福:カトリック教会において徳と聖性が認められ、聖人(Saint)に次ぐ福者(Beato)の地位にあげられることを言うそうです。





マザーテレサは本名ゴンジェ・ボヤジウといい、1910年8月26日に三番目の末っ子として生まれています。


*ゴンジェとはアルバニア語で蕾という意味です。





彼女は現在のマケドニア旧ユーゴスラビア共和国の首都スコピエで生まれていますが、当時のスコピエはオスマントルコ帝国領のコソボ州・ユスキュプという町でした。

洗礼を受けアグネスという名前をもらっています。




両親はアルバニア人で、父は実業家でしたがアルバニア独立運動の闘士でもあったようで、彼女8歳の時に亡くなっています。

両親はマケドニアに住むアルバニア人のカトリックであったが、当時この地方においてはアルバニア人にはイスラム教徒が多く、マケドニア地方にはマケドニア正教徒が多かったようです。

18歳で故郷のスコピエを離れて、修道女会に入り、27歳の時に終生誓願を宣立し、以後シスター・テレサとよばれることになったようです。

その後の活躍は周知の通り。




1979年にノーベル平和賞を受賞。

1991年には、優れない健康状態を押してテレサの念願であった故郷・アルバニアに最初の「神の愛の宣教者会」の支部を設立しています。

1996年にはアメリカ名誉市民(過去6人しかいないようです。)

1997年9月5日に87歳で亡くなっています。


死後たった6年後の2003年10月19日に列福されていますが、これは驚くべき早さだそうです。
彼女の場合は生前から聖女の誉れが高かったため、例外的にすぐに行われたそうです。



*お客様にしばしば「彼女は何人か」と尋ねられます。出身地が現在のマケドニアなので、お答えするのは容易ではありませんが、彼女は以下のような言葉を残しています。

By blood, I am Albanian. By citizenship, an Indian. By faith, I am a Catholic nun. As to my calling, I belong to the world. As to my heart, I belong entirely to the Heart of Jesus
.

2009年10月15日木曜日

アルバニアの気候<秋>


突然、今週火曜日(10月13日)から気温が下がりました。
前日の月曜日(12日)まで日本からツアーのお客様が11名、さらに先週の日曜日(10月4日)まで15名様がアルバニア・マケドニアの旅にいらっしゃっており、時に雨に降られたりもしましたが、比較的お天気に恵まれていたので、この寒波がやってきたのがお客様をお見送りした後だったので、本当に良かったです。

アルバニアは日本の東北地方から函館あたりに相当する緯度に位置しながら地中海性気候の影響を存分に受けていますので、平野部では、想像されるほど寒くはありません。

しかし、この旅の気温の低下は、先週まで汗ばむような温かさでまだまだ上着なしで出かけていた現地の人々を驚かせました。

最低気温は10℃を切っていたようです。

このまま冬に突入するとは思えませんが、風邪など引かないように気をつけたいものです。

2009年10月1日木曜日

実りの秋



アルバニアでは野菜やフルーツをスーパーマーケットよりも、このようにしてお店の前でご自慢の商品を広げている八百屋さんで買う方の方が多いです。


年中通じて様々な新鮮な季節の野菜やフルーツがアルバニア各地から届けられますが、やはり秋は特にその店先は豊富な種類で、にぎわいを見せています。


カキやモモ、ブドウ、ミカン、リンゴなど日本でもおなじみのフルーツもありますし、オレンジやレモンといったまさに地中海沿岸の国を思わせるかんきつ類、さらに洋ナシ、ブラックベリー、ザクロなどあまり日本人に馴染みのないものも、道々私たちの食欲をそそります。

2009年9月30日水曜日

ジロカストラ民族音楽フェスティバル 2009












ジロカストラ民族音楽フェスティバルに行ってきました!!




これは1968年に始まり、4年に一度、通常は秋に行われる伝統的な祭典です。街全体を見下ろせるジロカストラ城塞の敷地内での野外コンサートです。




1000グループ以上のアルバニア人歌手やダンサーがアルバニア国内だけでなく、コソヴォ、マケドニア、セルビア、イタリア、ドイツ、スイス、アメリカなどからやってきて祭りを盛り上げます。



今年は9月24日から29日までの開催です。



毎日午前10時からは前夜のパフォーマンスについての反省会と討論会、民族音楽や民族学などに関わる専門家よる講演会が行われています。




一方まだまだ日中は汗ばむような陽気のこの時期、日が沈み始め、涼しくなる夕方6時から音楽演奏や歌、ダンスが始まり、9時ごろまで続きます。




2005年からユネスコによって保護されているアルバニア人の同音同音多声音楽(アイソポリフォニー)のグループも、もちろん幾つか出演しています。




音楽が作り出す鳥肌が立つような空気、伝統楽器、さらに民族衣装と芸術などアルバニアの伝統を丸ごと表現しており、夢のような時間を体験することができました。



上記以外の時間帯にも、ステージにてリハーサルが行われていて、街中に音楽が響いていました。







また『石の街』として知られているジロカストラは、アルバニア南部に位置する大変古く、2005年に世界遺産に博物館都市としても登録されています。



食品、革製品、繊維製品が生産される商業都市でもあります。



18世紀(当時この地はオスマントルコ帝国の支配下にありました。)のイスラム寺院やキリストの教会、起源は古代に遡る城塞が街には残っています。



この街を訪れた者を最も惹きつけるのは、互いに重なり合うように建てられ、そして各々がまるで小さな要塞のような、ジロカストラ特有の家々でしょう。素朴で美しい窓、小さな部屋、屋根を支えるために外壁から突き出た支柱が外観のコンビネーションを作り出しています。


このように精巧に重ね上げられた石が由縁となり、ジロカストラは『千の階段をもつ街』または、『石の街』と呼ばれ、世界遺産に登録されたのです。