2010年3月15日月曜日

夏の日 (3月14日)

アルバニアでは3月14日を“春”の日ではなく、“夏”の日としてお祝いします。

事実、アルバニアの四季の変化は比較的日本に似通っているにも関わらず、春は短く、あっという間に夏がやってきます。

さてこの夏の日、今ではティラナを含め幾つかの都市でもお祭りが開催されたりしていますが、ティラナからバスで南へ1時間程のエルバサン(Elbasan)と言う町でお祝いするのが伝統的なようです。


エルバサンは、この日に食べるバロクメ(Ballokume)と言う巨大なクッキーを上手に作る伝統があるということもあり、お祭りも盛大にされてきました。



また街の近くにはオリーブの茂る丘がいくつかあり、その木々の間の斜面で日本のお花見の様に家族や友人と食べ物・飲み物を持ち寄ったり、バーベキューをしたり、輪になってダンスをしたりして、春の訪れを祝福します。






街の中も1年に一度この日だけは大混雑です。

不思議な事に、雨続きのアルバニア中部の冬ですが、3月14日は毎年快晴で暖かい陽気になることも、まさに春の訪れを感じさせます。

2010年3月9日火曜日

女性の日 (3月8日)


弊社スタッフたちも。




3月8日は国際女性です。


アルバニアでも男性からお花をプレゼントしてもらったりしてお祝いされています。


なかでも、ランチを、またはディナーを女性だけで出かけて、日中であろうが夜であろうがワインを飲みながら、みんなでダンスをしたりして盛り上がります。


赤ちゃんを抱えながらもダンスします。


レストランは本当に女性だらけです。



もちろん多くのレストランは予約が必要です。



比較的ウェイトレスよりウェイターの方が多いアルバニア。




飲んで踊っての女性の傍ら、男性のウェイターは大忙しです。




しかし本当に素敵な日です。


普段多くの時間を家の中で過ごす女性も、この日は外に出かけているようで、街で見かける女性の率はいつもより高く、みんなちょっとおしゃれしていて・・・



日本でも女性の日を是非とも祝いたいものですね。

2010年3月7日日曜日

先生の日(3月7日)


♪3月7日のうた♪
おぉ、大好きな先生
私たちはとってもあなたのことが大好きです
あなたは、私たちの2番目のお父さん、お母さんです
なぜなら、私たちに教えてくれるから。
先生の日を
祝いします
とってもきれいなお花を
プレゼントします。

*Këngë për 7 Marsin (アルバニア語オリジナル)
O mësues i dashur,
Ne të duam shumë,
Ti për ne je prind i dytë,
Se na edukon.
Festën e mësuesit,
Ne do ta festojmë,
Lulet më të bukura,
Ne do t'ja dhurojmë.

アルバニア語と言う言語は先祖であるイリリア人が3000年近く前から使っていた言葉を元に進化してきた言語ですが、アルバニアはその歴史上、長い間いくつもの大国に支配されてきましたので、16世紀になるまで文字で表記されてきませんでした。

また文字表記が始まってもそれは宗教教本やミサ典書などに使用されていただけで、文学がアルバニア語で書かれたり、学校教育がされることは許されてきませんでした。

しかし1887年3月7日、アルバニア南部の街コルチャ(Korça)で、ついにアルバニア語初の学校が始まり、たくさんの詩や文章が学ばれました。
これを記念して、3月7日を先生の日として、学生がお花を先生にプレゼントし、お祝いしています。


*この初の学校は男子校でした。
その4年後の1891年に同じくコルチャの街で女学校が始められました。

2010年2月20日土曜日

ピラミッドと平和の鐘






人々に“ピラミッド”の愛称でしたしまれているの建物は、1988年に共産党独裁者のエンヴェル・ホジャの生誕80歳を記念に(1985年に死去)、建築家であった娘のプランヴェラさんを中心とした建築家グループによって企画されました。
ティラナに舞い降りた飛行物体がイメージされており、アルバニアの近代建築の印象的な一例となりました。
しかし1991年に共産主義一党政治が倒れたのち、所蔵物も取り払われ、建物自身も破壊されてしまいました。
一部現在、アルバニア最大の民放テレビ局が利用し、また一部は皮肉にも(?)共産主義時代に政治犯として投獄されていたアルバン氏によって国際文化センターとして再生されようとしています。
一方その手前には、写真2枚目のような鐘とモニュメントが設置されています。
これは1997年のねずみ講破たん以降に暴徒化した国民たちによって使用されたカラシニコフなどの薬莢を、1999年北部アルバニアの子どもたちが集め作った“平和の鐘”と呼ばれているものです。
アルバニア語ではこの1997年の暴動を“市民戦争”と呼びますが、この時無意味に発砲された銃弾で多くの人(家の中で危険から逃れようとしようとしていた人でさえ!)が負傷し、子どもたちも危険で学校になど行けなかったと言う無秩序状態にアルバニア全土が陥りました。
平和の鐘は、大通りに面したピラミッドにありながらも、あまり目立ちませんが、是非一度訪れ鐘の下をくぐりながら、当時の様子を想像し、子どもたちの平和への願いを再確認しながら、その後のアルバニアの飛躍的な発展を再認識したいものです。

2010年2月19日金曜日

春の兆し

前回の記事で、雪が降ったことをお伝えしたばかりですが、今日は春の兆しです。


一昨日あたりから随分暖かくなり、最高気温は15℃くらいと過ごしやすくなってきました。


1988年に共産党独裁者のエンヴェル・ホジャの生誕80歳を記念して(彼自身は1985年に亡くなっていましたが)、エンヴェル・ホジャ博物館が建てられ、現在は博物館としては機能していないものの“ピラミッド”としてティラナの人々の待ち合わせ場所になっている広場で、昨日芝生の上に、なにか白いモノがたくさん落ちているのかのように見えたので近寄ってみると、小さな白い花が一面に咲いていました!


早いものです!


日も随分長くなりましたしね!


春が扉を叩いています。(アルバニアの人たちはこの表現を良く使います)


でも、完全に春が来るまでには“おばあさんplaka”(=そう簡単には春を迎えさせてはくれないモノの意。3月半ばの寒波や4月初めの雪など)が訪れるかな??